ねぐせのブログ

トイレで読むくらいの読み物を目指してゆるく絵を描いているブログです。

ネームノート

探し物をして3時間。
無事に探し物を見つけたのですが、こんなものを見つけました。

一年前のネームノートです!

自分で言うのもですが、整理する度に見つけて結末が描いてないので続きが読みたいとなります…。
去年の夏に図書館に篭り一所懸命に描いていましたしみじみ。

絵柄はこの時期が自分の中では一番好きなのではないかなあと思います。
自信のなさや実力不足で色んなことに苦しんで描いていた時期でもあったな〜と思います。

上手く描けるか描けないかより、頑張って描いたことが宝物な気がします。
今年お会いした方たちに「とにかく描く」「失敗はたくさんした方が良い。」「いい絵を描こうとするから結果的に上手くなる。」、そんな言葉を聞くと上手く描こうなどこだわりすぎちゃったかなと、帰り道、今まで描いてきたことや変化を反芻してました。
仕事柄初めての方とたくさんお会いしましたが、今年は作品作りする方や漫画や絵が好きな方、音楽をしたい方、色んな人たちにお会いして色んな価値観、人生、感性に触れられてとてもお勉強になりましたし、今後の作品制作にもそれを活かせたらなと思います。

2年前のこの漫画も本当に良い思い出です。
同人誌は製本まで自分で作ろうと決めているので、今年もお正月に年賀状とセットで出してみようかなと思います。
なんでも作ることが好きなので面白い、ユニークな同人活動をお正月漫画で再開できたらなと思います。

秋の花火

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夏の花火より冬の花火がすきです。そんなわけで花火を見てきたのですが、花火は良く考えなくても爆発しています。

爆発という形で”破壊”し、爆発の火花で”創造”をしている。それは一瞬でほぼ同時に起こり、その命も短く長く形に残らない。

わたしは、決して衒学的に藝術だとかそんなものを語ろうとしているのではなくて、その表現形式が独特のもので、平面でもなく、肉体のように自由自在でもなく、空間を堂々と使い、危険を孕む爆発という形、その残滓を散らす姿を表現だと思うと、絵ばかり描いていたわたしにとっては新たらしい表現として敬意を表したくなります。

パフォーマンスだとかショーとして花火は存在しいるのかもしれないのですが、わたしは「科学の分野でありながら藝術でもある!」なんて概念の新ジャンルを開拓してもよいと思います。笑

ただ、人生史上危険な花火大会であったため、花火の火の粉が飛んできた時はそういえばこれは爆発物だったと再認識し、家の近くの火事を思い出してしまいました。

煙草を吸う時につけたライターの火、煙草の葉を燻る火、火事のあの力強い炎と空を舞う火の粉、危うさを感じながら惹きつけられたりや興奮を感じてしまう。

火を恐れていながら、近づきたい。その火に対する”恐れ”と”儚さ”が共存する危うさに、人は本能的に惹かれているのかもしれないですね。

澄んだ冬の空気に透明感のある光を散らす姿もわたしはまた一興と思います^-^

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もらったコーラなのですがこんな風に並んでいると間違えて飲んじゃいそうですよね笑

 

 

CD

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ある方とライブの話や好きな音楽、気になるアーティストの話をしたりしているのですが、ある話題がきっかけでCDを頂きました。

昔はよく、友達がMDに私の好きな曲を入れてくれたりして受験の時、絵を描いてる時、部活終わり、塾帰りの夜によく聞いていました。

その当時、わたしの周りの友達は音楽が好きで、自分のコンポを持っていて、特にそう言った趣味を持っていない両親に生まれた私は、13歳の誕生日にMD、カセットテープ、CDを聞けるコンポを強請って買ってもらいました。

 

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もう10年も前のコンポですが、今もまだ使えます。ただ、埃まみれです。

自分の一人部屋もなかったので、勉強や絵を描く時間は大体夜で、このコンポにヘッドホンを繋いで多くの音楽は聞かなかったけどたくさん音楽やラジオを聞いたと思う。

あの思春期特有の懊悩や閉塞感の中で、感じたときめきと言うほどはっきりしたものでもなくて、琴線に触れると言うほど馥郁としたものでもなく、何かを感じ、夜の四時の洋楽のラジオと自分の街の港や海、輻輳する船や車の明かりが往来する橋や、工場のライト、そんなものが印象になってただ存在しているような感じだった。

その印象は、さみしさに近いけど、さみしさほどさみしくもなく、やさしいや柔らかいが近いような、そこまで言葉に当てはめれなく、ただ波一つないようなまっすぐな”感情”、或いは”精神”?

それは今もわからないのだけど…音楽と親和性のある象徴でした。

 

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この街のこんな景色が好きでした。

もらったCDは、もらった時の気持ちを大事にしたいからいつも持ち歩いてます。いつかこのCDをデザインしてあげたいです^-^

 



 

プラットホームのタイル

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 立方体に見えたり、鎖のように見えたり、積み重なってるように見えたり、階段のように見えたり、渋い魅力を感じるプラットホームのタイル。シンプルだからこそさまざまなイマジネーションが湧くし、それによって電車の待ち時間が短く感じられる。完成され過ぎない意匠性がお気に入りです。